大判例

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最高裁判所大法廷 昭和38年(あ)1184号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人諌山博の上告趣意第一点について。

論旨は、要するに、本件に関し議会又は議長の告訴告発がなかったことは顕著な事実であるから、本件各公訴事実については、すべて公訴棄却の判決がなされるべきであったのにかかわらず、これに反する判断をした原判決は、地方議会についても当然認められるべき憲法上の大原則のひとつである議会自治・議会自律の原則に関する法理の解釈適用を誤ったものであるというにある。

しかし、憲法上、国権の最高機関たる国会について、広範な議院自律権を認め、ことに、議院の発言について、憲法五一条に、いわゆる免責特権を与えているからといって、その理をそのまま直ちに地方議会にあてはめ、地方議会についても、国会と同様の議会自治・議会自律の原則を認め、さらに、地方議会議員の発言についても、いわゆる免責特権を憲法上保障しているものと解すべき根拠はない。もっとも、地方議会についても、法律の定めるところにより、その機能を適切に果たさせるため、ある程度に自治・自律の権能が認められてはいるが、その自治・自律の権能が認められている範囲内の行為についても、原則的に、裁判所の司法審査権の介入が許されるべきことは、当裁判所の判例(昭和三〇年(オ)第四三〇号同三五年三月九日大法廷判決、民集一四巻三号三五五頁参照)の示すとおりである。そして、原判決の指摘するような言論の域を超えた実力の行使については、所論のような議員の免責特権その他特別の取扱いを認めるべき合理的な理由は見出しがたいといわなければならない。

また、現行法上、告訴告発を訴訟条件とする場合には、法律にその根拠のあることが必要であって、その根拠に基づくことなく、地方議会の議事進行に関連して議員が犯した刑事犯罪について、単に地方議会の自治・自律の原則を根拠として、議会又は議長の告訴告発を訴訟条件と解すべきであるとか、司法権の介入を許さないという主張は、肯認することができない。

論旨はすべて採用できない。

同第二点について。

所論は、公訴事実第一(議長に対する公務執行妨害の事実)について、事実誤認、単なる法令違反を主張し原審の証拠取捨判断を非難するものであって、いずれも適法な上告理由に当らない。

なお、所論は、被告人らの本件所為は刑法九五条一項にいう暴行に当らないという。しかし、右条項にいう暴行は、公務員に対する不法な有形力の行使で、職務執行の妨害となるべき程度のものであることを要するが、現実に妨害の結果の発生を必要とせず(昭和二四年(れ)第二八九八号同二五年一〇月二〇日第二小法廷判決、刑集四巻一〇号二一一五頁)、また、暴行は、公務員に向けられることを要するが、直接に公務員の身体に加えられることを必要としない(昭和二五年(れ)第一七一号同二六年三月二〇日第三小法廷判決、刑集五巻五号七九四頁、昭和三一年(あ)第四六二五号同三四年八月二七日第二小法廷決定、刑集一三巻一〇号二七六九頁)とする当裁判所の判例に照らし、被告人らの本件所為が右暴行に当るものとした原判決の判断は正当である。

また、所論は、議長の職務執行の違法性を主張し、違法な執行に対しては公務執行妨害罪は成立しないという。しかし、議長のとった本件措置が、本来、議長の抽象的権限の範囲内に属することは明らかであり、かりに当該措置が会議規則に違反するものである等法令上の適法要件を完全には満していなかったとしても、原審の認定した具体的な事実関係のもとにおいてとられた当該措置は、刑法上には少なくとも、本件暴行等による妨害から保護されるに値いする職務行為にほかならず、刑法九五条一項にいう公務員の職務の執行に当るとみるのが相当であって、これを妨害する本件所為については、公務執行妨害罪の成立を妨げないと解すべきである。

さらに所論は、本件各所為は正当な業務行為又は実質的違法性を欠く行為であるといい、正当防衛、緊急避難および期待可能性の不存在を主張するが、これらの主張を斥けた原審の判断は正当である。

同第三点について。

所論は、公訴事実第二(議長に対する監禁、職務強要の事実)についての事実誤認、単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由に当らない。(所論は、結局、原審の証拠の取捨判断に対する非難に帰するものであって、原判決に所論のような事実誤認ないし法令の解釈適用の誤り等の違法は認められない。)

同第四点について。

所論は、公訴事実第三(議員に対する監禁の事実)についての事実誤認、法令違反のほか、判例違反を主張する。しかし、事実誤認、法令違反の論旨は、原審の証拠の取捨判断に対する非難に帰着するものであり、判例違反の論旨は、本件の被害者らは、脱出しようとすれば、容易にこれをなし得た状況にあったという原判示にそわない事実を前提とするものであって、不適法であり、以上、いずれも上告適法の理由に当らない。

弁護人河上丈太郎(名義)同美村貞夫の上告趣意について。

論旨は、要するに、議会における議事および議事手続の当不当、有効無効の判断のごときは、司法裁判所の審査の対象とすべきでないのにかかわらず、これに法的判断を加えた原判決は、憲法違反であり、かつ、判例違反であるというにある。

しかし、本件について司法審査権が及ばないことを主張する点は、本件のような議員の所為に関する刑事犯罪の成否について、所論のように、司法裁判所の審査権が及び得ないと解すべき理由はなく、ことに、地方議会における議事やその手続について、所論の主張の許されないことは、弁護人諌山博の上告趣意第一点について説示したところから自ら明らかというべきである。また、判例違反の論旨は、論旨引用の判例はいずれも本件に不適切であるから、採用することができない。

論旨は、すべて排斥を免れない。

弁護人河上丈太郎(名義)外一五名の上告趣意第一点について。

論旨は、要するに、原審が議会又は議長の告訴告発に基づくことなく司法権の介入を認め、有罪の判決をしたのは、憲法上の議会自治・議会自律の原則に関する法理の解釈を誤つた違憲違法があるという。しかし、所論は、結局、弁護人諌山博の上告趣意第一点について説示したところと同一の理由により排斥は免れない。

同第二点について。

論旨は違憲をいうが、その実質は、結局、多数決によっても討論の省略は許されないという単なる法令違反の主張であって、上告適法の理由に当らない。

同第三点について。

論旨は、採証の誤りに基づく事実誤認、単なる法令違反の主張であって、上告適法の理由に当らない。

同第四点および第五点について。

論旨は、一審判決第一の事実に関する事実誤認および単なる法令違反の主張であって、上告適法の理由に当らない。(なお、所論中、議長の公務執行が違法であるとの主張、被告人らの所為は正当業務行為であるとの主張、被告人らの行為についての正当防衛、超法規的違法性阻却の主張等がすべてとるを得ないことは、弁護人諌山博の上告趣意第二点について説示したところによって明らかである。)

同第六点および第七点について。

論旨は、いずれも事実誤認の主張であって、上告適法の理由に当らない。

弁護人松井康浩の上告趣意第一点について。

論旨は、原判決は憲法に違反して、裁判権の及ばない事項について裁判をした違法があるという。しかし、弁護人河上丈太郎(名義)同美村貞夫の上告趣意について説示したとおり、県議会における本件犯罪行為について司法裁判所の審査権が及ばないと解すべき理由はなく、所論は、排斥を免れない。

同第二点について。

論旨は、原判決の違憲(七六条三項違反)をいうが、その実質は、被告人らの所為は正当な公務の遂行であり、本件は、公務と公務の衝突にすぎないとして、刑法九五条一項の解釈適用の誤りをいう単なる法令違反の主張であって、上告適法の理由に当らない。

弁護人森長英三郎の上告趣意第一点について。

論旨は、要するに、地方議会についても憲法五一条と同旨の原則が存在することを前提として、地方議会の自律権・自主権を主張し、被告人らに刑事責任が認められるべきでないこと、本件所為は地方議会の自律権にまかされるべき放任行為であること、および本件の被害者である議長や議員は違法に議事を進行したことによって本件所為の程度のことは当然受忍すべき義務を負うべきことを主張する。しかし、弁護人諌山博の上告趣意第一点について説示したように、憲法五一条の趣旨をそのまま直ちに地方議会にあてはめ、国会と同様に、地方議会の自治・自律の原則を認めるべき根拠はなく、地方議会について、司法権の介入が排除されるものでないことは、前示のように、すでに当裁判所の判例とするところである。結局、所論は、排斥を免れない。

同第二点について。

所論は、単なる法令違反の主張であって、上告適法の理由に当らない。(なお、所論は、議事運営の違法を主張し、公務執行妨害罪の成立を否定すべしとするが、所論を採用し得ないことは、弁護人諌山博の上告趣意第二点について説示したとおりである。)

同第三点について。

所論は、原判決が公訴事実第二につき不法監禁を認めたのは、経験則違背であり、また、公訴事実第三につき不法監禁を認めたのも経験則違反であるというが、いずれも事実誤認、単なる法令違反の主張に帰するものであって、上告適法の理由に当らない。

弁護人柳沼八郎の上告趣意第一点について。

論旨は、公訴事実第二の脅迫の意義について、判例違反をいう。しかし、所論は、原判示にそわない事実を前提とする判例違反の主張であって、その前提を欠き、上告適法の理由に当らない。

同第二点について。

論旨は、公訴事実第二につき、職務強要罪における脅迫についての法令の解釈適用を誤った違法があるという。しかし、所論は、単なる法令違反の主張であって、上告適法の理由に当らない。(なお、原判決は、被告人らの相手方に申し向けた言葉だけでなく、不法に監禁したという事実をも含めて、「安永議長をしてその身体の危険を感得畏怖させる等安永議長に脅迫を加え」た旨を判示しているのであって、理由不備、審理不尽等、所論の違法は認められない。)

よって、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠 裁判官 下村三郎 裁判官 色川幸太郎 裁判官 大隅健一郎)

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